2003年度夏学期プログラム
たまごの不思議
講師:松田良一(生物学)
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系
普段、何気なく料理し、食べているニワトリのたまごについて考えてみましょう。ます、たまごの出来方。鳥類は左の卵巣だけを使って、たまごを作ります。卵黄の蓄積、排卵、受精、卵白の付加、卵殻膜と卵殻の付加。このプロセスを実際にニワトリを解剖しながら説明します。続いて、たまごの構造。卵白に含まれる抗菌物質の数々。卵殻膜や卵殻も無菌環境を維持しながら、ガス交換できる素晴らしい機能を持っています。人間は百年前から細胞をガラス器内で培養できるようになりましたが、ヒヨコ1羽分の細胞を、これだけの狭い空間の中で培養し、組織を構築させ、個体の形成できる性能をもった細胞培養装置は、まだまだ出来ません。数億年の歴史をもつ「たまご」に学ぶ所は大です。
16歳からの東大冒険講座・1アメリカ大衆文化を研究する
講師:能登路雅子(英語)
東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻
ある国や地域の人々の心の世界を理解するために、歴史や思想、文学などとならんで大衆文化は重要な鍵をあたえてくれる。娯楽や消費に関連した大衆文化が世界のどこよりも大きな発展をとげたアメリカ合衆国においては、移民によって持ち込まれた多様な文化的伝統が互いに刺激しあいながらアメリカ的なものに作りかえられたという歴史的なダイナミズムがある。大衆文化研究を通じて何が見えてくるかを考えるための実例として、この講座ではディズニーの映画作品やテーマパークを取り上げ、その背景にあるアメリカ庶民の価値観や素朴な夢について多角的に検討する。
21世紀に読み直す夏目漱石
講師:小森陽一(国文・漢文学)
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
書房の文庫本の棚を見ると、夏目漱石は、大江健三郎や井上ひさしと、対等に並んでいます。ほぼ百年前に小説を書きはじめた作家なのに、いまでもしっかり現役なのです。もちろん世界の多くの言語に翻訳され、読み続けられてもいます。高校生のみなさんも、「現代国語」の教科書で、漱石の小説を一度は読んだことがあるでしょう。どうして、夏目漱石は二十一世紀の現在でも、読者を増やしつづけているのでしょうか。その秘密を解きあかすのが、今日の講義のねらいです。
進化する機能性物質
講師:菅原 正(化学)
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系
我々の身の廻りには、様々な機能をもつ物質があり、それらが人間生活を支えています。中でも有機物質は、その柔軟性、加工性などから機能性物質として注目され、近年、有機物質でありながら、金属のように電気を流す物質、また磁石となる物質も発見されました。このように機能性物質は、常に進化を遂げています。ところで、生物のように特定の機能を自ら進化させるような機能性物質は創れないでしょうか。その可能性についても議論したいと思います。
16歳からの東大冒険講座・1でこぼこに注意しよう─道、年号、テクスト
講師:宮下志朗(フランス語)
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学
1.空間のでこぼこ:パリの道の、一見して不規則な、でこぼこや段差を見せる→これ は、ヨーロッパの都市の歴史の名残、つまり貴重な遺跡にもひとしいものであることを説明する。(写真などを見せる)
2.時間のでこぼこ:暦の話。X年Y月Z日とあっても、それがいまのとはずれていることに注意を促す。年号の丸暗記の盲点をおしえる。
3.テクストのでこぼこ:これが専門編となるのか?昔の本文がいかにふぞろいのものであって、われわれは、ローラーで均されたテクストを読まされていることを教える。要するに、でこぼこはでこぼこのままで、そのことの意味をしっかりと考える知性を養わなくてはいけないのです、といったような結論になるのでしょうね?
16歳からの東大冒険講座・1携帯電話と情報の世界
ハムレットは太っていた?
『坊っちゃん』という小説
講師:半藤一利(文学)
作家
夏目漱石『坊っちゃん』は、漱石が明治28年に愛媛県立松山中学校(現松山東高等学校)に、英語の先生として赴任したときの体験にもとづいて書かれた作品といわれている。
東京で物理学校(現東京理科大学)を出た主人公(坊っちゃん)は、四国のある中学校へ赴任する。彼は親譲りの無鉄砲で、正直に、誠実に、何よりも自分を偽ることなく生きようとする。この純粋さは多分に単純すぎる行為となり、人間として真実味の少しもない校長の狸や、心にもないお世辞をいう野だいこ、また君子然として人を陥れる赤シャツとの対決となる。坊っちゃんの味方となるのは正義漢の山嵐。その対決がユーモラスに描かれている青春小説として、いまも多くの人に愛読されている。
しかし、それは丁寧に読むと、単なる愉快な青春小説だけにとどまらない。実は、坊っちゃん・山嵐組と、赤シャツ・野だいこ組の対決は、作者の漱石と明治の社会との対決であった。ということは、松山での見聞を書いた小説なんかではない、ということになる。
この小説は明治39年春に書かれたものであるが、その時期は日露戦争後の重大な大日本帝国の転換期であった。戦争に勝ったということで、われこそは世界に冠たる優秀民族とうぬぼれのぼせて、日本人はどんどんいい気になっていく。漱石はこの次第に悪くなりつつある日本への批評としてこれを書いたのである。そのことをしっかり読みとらないと、この小説のほうんとうの面白さはわからない。
赤シャツや野だいこに立ち向かう坊っちゃんの、あまりにも単純で、明快な論理は、何となく時代離れしていておかしい。読者は思わず笑ってしまう。けれどもよく考えると、急速に近代化し、すべてにおいて機械的になっていくいまの世の中で、知らず知らずに失われていっている基本的な人間性の尊さ、つまり善良さ純粋さの意義を、笑いながらも私たちはこの小説から見出すことになる。そうでなければ、この小説を正しく読んだということにはならないのである。
16歳からの東大冒険講座・2馬の世界史
講師:本村凌二(歴史学)
東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻
馬は速度があるうえに持続力もある。大型で力があるが、牙も角もないから危険が少ない。そのうえ、切歯と臼歯の間にすき間があるから、ハミをかませて手綱をあやつって騎乗することができる。まさしく人類の友となるべく進化してきたかのようである。
前2千年紀に馬にひかせた戦車が登場すると、歴史の舞台が広がり、急速に進展してくる。とりわけ、前1千年紀前半にユーラシア全域に騎乗技術が普及すると、歴史はめまぐるしく動きだした。騎馬遊牧民スキタイの出現はアッシリア帝国やペルシア帝国が形成される誘因となり、馬を駆る旬奴の勢力拡大は秦漢帝国が成立する遠因でもあった。
たくさんの人や物が馬によって遠方まで運ばれ、情報はより速く伝わるばかりか、戦場でも騎馬軍団は圧倒的な優位を誇った。中国の古人は騎馬遊牧民の戦術を「胡服騎射」とよんでこれを採用し、西域の彼方にすむ天馬のごとき汗血馬を欲しがった。
フン族の西進はゲルマン民族大移動をひきおこし、東西交易路の要所では突阪などの騎馬遊牧民が活躍した。ヨーロッパにおける騎馬軍団の導入は騎士文化をはぐくみ、11世紀ごろのアラブ馬の誕生は世界各地の人々に馬の生産への情熱をかきたてた。アレクサンド口ス大王の東方遠征もチンギス=ハンの大遠征も、馬がなければおこりえなかっただろう。馬が人類とともにあゆんできたことは、文明の進展にひとかたならない影響を及ぼしてきた
航海技術が進歩して海の時代を迎え、火器の発明によって戦術の大転換がおこる近世にいたるまで、馬はじつに世界史を動かす原動力の一つであった。
近代にあっても、18・19世紀以馬車の時代ともいわれるほど、人・物・情報を運ぶために、馬が重用されていた。実に、馬は人類史の大部分を通じて人間に役立ってきたのである。この事実をふりかえることは、世界史を自然史のなかで再考することにもなるだろう。
微積分の力
講師:薩摩順吉(数学)
東京大学大学院数理科学研究科
数学は科学を語る言葉といわれる。とくに、高校2年生から習う微分積分は自然現象だけでなく、社会現象・生命現象を取り扱うのに必須の道具である。まず現象のモデルとなる微分方程式がどのようなものであるのかを紹介した後、微分積分を用いて何が言えるかをできるだけわかりやすく説明する。またそうした取り扱いにおいて、コンピュータが果たす役割についても触れる予定である。
16歳からの東大冒険講座・3「生命とは何か」へ向けて;複雑系物理学のアプローチ
講師:金子邦彦(生物物理学)
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻相関基礎科学系
最近の生物学の進展は目覚しくて、僕の生物学の知識は高校の教科書にすぐにおいぬかれてしまう。では、「生命とは何か」――誰でも一度は抱く「初等的な」聞い――は答えられたのだろうか。DNAやタンパクを持っていれば生物? そうであれば、食卓にのったものは皆生きていることになってしまう。どうも、生きている状態が何かはそこにある分子のリストだけでは答えられそうにない。では、「熱力学」のように全体の状態をみる理論を考えて、「生きているとは何か」に答えられないのだろうか?「複雑系」の研究では、1つ1つの要素(分子や細胞)を探るよりも、要素同士のダイナミックな関係に着目して、生きている状態をシステムの「普遍的性質」(物理学者はこの言葉が好き)として答えようとしている。一方、こうした考えが正しくて、生物の基本的性質――遺伝、代謝、発生、進化など――が普遍的性質であるならば、それらを実験室内でつくり出すこともできるに違いない。こうした「生物システムを作る」プロジェクトも駒場で行なわれている。こうした実験と理論研究の一端を紹介するとともに、高校時代は歴史に興味を持ち、大学院からはカオスの物理を研究じてきた僕が、何故「生命とは何か」を考えているかにも触れてみたい。
日本語と韓国朝鮮語
講師:生越直樹(中国語・朝鮮語)
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
最近マスコミなどを通じて、韓国朝鮮語を見たり聞いたりすることが増えている。けれども、韓国朝鮮語が日本語と非常によく似た言語であることは意外と知られていない。韓国朝鮮語は文法や語彙の面で日本語と共通する特徴を持っており、日本人がイメージする外国語とはかなり異なる。また、一見奇妙に見える文字(ハングル)もその仕組みがわかれば、簡単に発音できるようになる。講座ではそのような韓国朝鮮語の特徴を日本語と比べながら話していく。
16歳からの東大冒険講座・1生活時間の地理学
講師:荒井良雄(人文地理学)
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系
世の中の人たちは普段の1日をどのように過ごしているのだろう?。こんな素朴な疑問に答えるのは、実は、結構大変なことです。自分が昨日1日をどう過ごしたかを思い出してみるのは簡単ですが、では、お父さんの1日は?お母さんの1日は?さらに、世の中全体を見渡したときは?大規模な調査を行って、多くの人たちの時間の使い方<生活時間>を調べてみると、いろいろとおもしろいことが見つかります。たとえば、普通は夜が遅いと思われがちな大都市よりは、地方都市や農村の方が夜の活動が活発だという特徴があります。また、小さい子供を抱えた母親の方が小中学生の子供を持つ母親よりは休日に外出しやすいという意外な事実もあります。時間地理学は、人々の暮らしをこんな風に調べ考えてみる分野です。そこで扱っている現象は、だれもにとって当たり前のことですが、それを突き詰めていくと、少子高齢化といった、私たちの社会が直面している大問題に行き当たります。高校の教科書に出てくる「地理」とはちょっぴり違った「地理学」を・・・。
海に生きる
講師:竹井祥郎(海洋生物学)
東京大学海洋研究所
地球はその表面積の70%を海が占めるため、「水の惑星」とよばれている。地球はまた「生命の惑星」ともよばれるが、生命は太古の海に誕生した。このように、海という安定な環境は、生命にとって母胎のように棲み心地がよい。しかし、そののち海は次第に濃縮され、現在の海水の浸透圧は多くの脊椎動物の体液浸透圧よりもはるかに高くなった。本講座では、海という環境に、生命がどのように工夫をして生きているかについて、共に考えてみたい。
16歳からの東大冒険講座・1地球の生命環境を作った微生物たち
講師:大森正之(生物学)
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系
私達の地球は青い海と緑の森は草原に包まれた優しい環境に満ちた星です。しかしながら地球は、はじめドロドロのマグマに覆われていたと考えられます。やがて地表は冷え、雨が降り続き、海ができました。その海に生命ははじまります。生命のはじまりは顕微鏡でしか見えない微生物です。微生物はどんどん数を増やし、また光合成を行って酸素ガスを地球にもたらします。やがて微生物は海から陸に生棲範囲を広げ、結果として陸上にもより高等な生物が繁栄するようになります。このようにして地球の生命環境の基礎が築かれたのです。