竹峰義和先生

Q. ナチスがユダヤ人を排除したのは、どのような理由からなのでしょうか? ナチスはユダヤ人のいない世界に夢があると考えたのでしょうか?

A.ヒトラー政権が発足する以前のドイツは、第一次世界大戦の敗北、ハイパー・インフレ、世界恐慌など、社会的・経済的にきわめて不安定であり、これまでの秩序や価値観が大きく揺らいだ時期でした。それにたいしてナチスは、ユダヤ人という「劣等人種」が、敗戦や失業など、人々を苦しめているさまざまな問題すべての根本原因であると主張するとともに、ユダヤ人さえドイツからいなくなれば、ふたたびドイツは強くなれると訴えたのです。そして、ナチス・ドイツは、1933年1月に政権を掌握すると、まさに〈ユダヤ人がいないドイツ〉という人種主義的な「夢」のヴィジョンを現実のレヴェルで実現しようとしたわけです。もっとも、ユダヤ人への差別政策を強化したところで、ドイツが抱える問題のすべてが一挙に解決するはずもないわけですが、しかし、ナチスは〈なおも問題が残っているのは、ユダヤ人の排除が徹底化されていないからだ〉と主張し、ユダヤ人への迫害を徐々にエスカレートさせていったのです。
 現在の政治家や評論家のなかにも、〈悪いのはすべて……のせいだ〉というレトリック(官僚のせい、憲法のせい、左翼のせい、戦後教育のせい、中国や韓国のせい……)をもちいる人物が数多くいますが、そのような分かりやすい論法が、たんに問題の争点をずらしているだけでなく、非常に危険なものであることを、われわれはドイツの歴史から学び直す必要があるように思います。

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