アフリカで開かれたTICADの意味

  1. 日時:2016年9月23日 17時30分から
  2. 場所:東京大学教養学部18号館ホール(詳細はこちら

東京大学 大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻

 2016年8月27日と28日の両日ケニアの首都ナイロビでTICADVIが開催され、無事閉幕しました。皆さん、TICADとは何かご存じでしょうか?実は、日本国内でも余りよく知られておらず、大学の講義等でも学生に尋ねてみることもありますが、おおむね2〜3割程度の皆さんが、聞いたことがあるという程度の認知度しかありません。
 TICADは、Tokyo International Conference on African Development の頭文字をとったもので、そのまま訳すと「アフリカ開発のための東京国際会議」となります。東京といっているのにナイロビというのはどういうことでしょうか。ナイロビならば、NICADとなりそうなものですが、そうはなりません。この会議は、1993年に初めて東京で開催され、その後5年毎に日本で開催されてきました。東京で開催されたのは、1993年、1998年、そして2003年の3回です。そのときにはTICADは日本語では「東京国際開発会議」と言われていました。開催地に焦点を置いた名称です。2008年と2013年には東京ではなく横浜で開催され、これ以降TICADは「アフリカ開発会議」と呼ばれるようになります。TICADが本来対象とするアフリカに力点を置いた標記でもあります。
 このように、TICADは、アフリカの開発をテーマとして議論を行う、日本政府が中心でありながら、国連、世界銀行など他の共催機関とともに開催されるマルチラテラル(あるいはインクルーシブ)な首脳レベルの会合です。これまで日本で5年毎に開催されてきたTICADが、なぜ2013年から3年しか経っていない今年、しかもナイロビで開催されたのでしょうか。そこには、アフリカ大陸における大きな変化とこの大陸を取り囲む国際関係が大きく影響しています。
 本講義では、冷戦が終わった後のアフリカを取り巻く国際関係の変化を、TICADの開催という観点からとらえる講義を行いたいと考えています。「暗黒の大陸」、貧困と紛争の大陸といった形で、日本からは遠い存在だったアフリカが、21世紀の日本にとって持つ意味を考えることは、今後の日本の姿を考えることにもなる点についてヒントを提供できればと思います。

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