東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 相関基礎科学系
<講義概要>
細胞性粘菌という不思議なアメーバがいます。通常は単細胞の生物として土壌中の細菌などを餌として増殖しますが、栄養が乏しくなると分裂を停止し、仲間と協力して集合し、多細胞体をつくります。私達になじみのある発生では、通常1つの受精卵(細胞)が分裂を繰り返し、細胞間の分業体制を築きながら(細胞分化)多細胞の個体が生まれるのにたいして、粘菌では細胞の集合と分化によって多細胞化するのです。
細胞の行動が比較的単純な規則にしたがっているだけでも、その集団は一見、とても複雑な、けれども秩序だった振る舞いを示すことがあります。これは細胞と多細胞に限ったことでなく、アリと群れのような個体と個体群の間、分子と分子集合体との間でもなりたつ「自己組織化」と呼ばれる現象で、私達人間社会の営みとも決して無縁ではありません。
さて、この細胞性粘菌は自己組織化の最先端研究にとって、また生物学と物理学の境目を理解する上で格好の材料です。生きている物とそうでないものにはどのような違いがあるのか。粘菌を通して見えてきた生命と物質の境目について、実際のものをみつつ、概念を整理して、みなさんと考えてみましょう。
<参考文献>
澤井哲
『RESEARCH 研究を通して 「粘菌のふるまいに見る自己組織化の始まり」』(生命誌ジャーナル 65号 ウェブ版)
前田靖男『パワフル粘菌』(東北大学出版会)
阿部知顕 前田靖男 編
『細胞性粘菌:研究の新展開〜モデル生物・創薬資源・バイオ〜』(アイピーシー社)